出生前診断は未来が見えているわけじゃない

この自閉症の娘の成長ブログでは広告を掲載(うざかったらゴメンナサイ)しているのですが、ランダムに配信される広告の中で比較的多いのが「出生前診断」です。

「出生前診断」は以前から気になっていたキーワードなので、二人の子供を育てる父親の意見として書いてみます。

あくまで持論ですからね。悪しからず。

出生前診断とは

出生前診断は、お腹の赤ちゃんに先天性の病気や奇形、染色体の異常がないかどうかを調べる検査の事を指します。

妊婦健診でも胎児に対して一定程度の検査は行われますが、この検査で胎児の異常を確定させることは出来なく、異常の疑いがある場合にお医者様から説明を受けた上で出生前診断を行うかどうか、夫婦で判断するものです。

他にも、遺伝に関連する病気が家族にいた場合にも、あくまで夫婦の希望で出生前診断が行われる場合があります。

※パパママは、この出生前診断を経験したことがなく、細かい検査内容までは把握しておりませんので、詳しく知りたい人は、専門サイトをご確認ください。

よく議論になるのはこの検査の後の対応ですね。

出生前診断を行って、万が一お腹の子に障害があると発覚した場合、そのまま出産するのか、堕胎するのかという、命の選択についての議論です。

この、両親が胎児の生殺与奪権を有して良いのかどうかについては、パパは答えを持ちませんので、ここには持論がありません。

なので、パパの身の上話を少しだけ書いておこうかと思います。

パパの両親はどちらも障害者でした

詳しくは書きませんが、パパの父親、つまり自閉症の娘にとってはおじいちゃんですね。このおじいちゃんは、パパが20歳のときに亡くなっています。

直接の死因は肺炎だったのですが、おじいちゃんは亡くなる10年前に脳卒中を引き起こし、左半身不随となっていました。

営んでいた農業を廃業し、生活保護を受けながら、入退院を繰り返す日々を10年繰り返したのですね。

パパの母親、おばあちゃんはと言うと、おばあちゃんが高校生の頃、両親とともに交通事故に遭い、身体には後遺症は残らなかったものの、人生の中盤頃から、知的障害が出るようになりました。

記憶の混同や妄想ですね。

パパの両親は、父親が身体障害者、母親が知的障害者だったわけです。

※出来過ぎた不幸話に聞こえると思うのですが、作り話じゃないんですよ。

そんな経緯もあり、パパは幼少の頃から障害者と付き合って生きてきたと言えます。

その上で娘が自閉症ですから、出生前診断について多少持論を語ったとしても、そんなに世間から叱られないかなと思ったので、両親の事を書いておきました。

両親の障害については共通点があります。

どちらも後天的な障害だったということです。

おじいちゃんはおそらく働き過ぎで、おばあちゃんは不幸な事故で、体と頭に障害を残してしまいました。

ここが、パパの出生前診断に対する持論に繋がるポイントです。

結果論から導く都合の良い持論

両親の後天的な障害に対し、娘の自閉症は先天性の障害です。

身体的特徴の出るダウン症などは、妊婦健診で疑いが出て、希望により出生前診断で精密に検査すると言う流れになりますが、自閉症を含めた発達障害は妊婦健診でも出生前診断でも発見することは出来ません。

自閉症が出生前診断で分からない事により、パパは心底思うのです。


分からなくて良かった!


分かっていたら、堕胎をさせていたかもしれない!


パパは、両親が障害を持ってしまった事により、金銭的にも社会的にも、劣等感を抱いて生きてきました。

矛先が違う事はわかっていながらも、若い頃は両親に苛立ちを感じていた時期だってあります。

その若い頃のパパのメンタルは現在においても色濃く残っており、ママと出会って結婚し子供を作ろうとなった時に、ママに言い放った事がありました。

パパ
もしね、お腹の子供に障害があるって分かったら、堕ろせって強く言うかもしれないよ

ママ
う~ん。その時が来ないと何とも言えないね~

障害を持った家族と生きていくのは、経済力以前に粘り強い精神力が必要です。

障害者に優しい世の中になりつつも、同時に障害者に対して嫌悪を抱いている人間は沢山存在していますし、目の前で強烈な言葉や態度を表されたことも経験しています。

言葉や態度で露骨に表現してくる人は、もしかしたらまだ優しいのかもしれなくて、世の中の大半は、障害者を受け入れつつあるような振りをして、予想以上に迷惑と感じられている事も経験しています。

例えるなら、自分の体臭が臭いのだけど周りは笑顔で接してくれる、でも近づくと仰け反られるようなイメージです。

この障害者に対する世間の反応は、感覚で得たものなので、中々パパの心の中から消えてくれません。

だから、万が一我が子が障害を持って生まれたならきっと耐えられないし、ママにも耐えさせたくない、そう考えていたので前述の言葉をママに伝えました。

そして、ママからなにか金言が出て「障害持っていたっていいじゃない!」と感動ドラマのようになったわけでもありません。

ママはママで、大学では介護を専攻していたので、障害者施設にて研修を経験しています。

しかし、その時の研修対象の施設は重度の障害者の方が多くいらっしゃった事もあり、ママは想像していた以上に、障害者の世話は肉体的にも精神的にも厳しく務めきれるものではないと感じ、就職先に介護職を選ぶことはありませんでした。

ですから、パパの「障害が発覚したら堕ろそう」と言う提案に明確に反対できるわけでもなく、かと言って積極的に賛成できるわけでもなかったのです。

もしも、もう一歩だけでも医学が進歩していたら、出産前に自閉症が分かってしまう時代だったら、うちの愛らしくて時折イラッとさせる娘はこの世に存在していませんでした。

ママには負担をかけたくないなんて体のいい言い訳で、障害者の苦労を背負い込む覚悟がパパ自身に無いだけの理由で、娘は光を浴びることなく亡くなっていたでしょう。

娘がこの世に存在していなかったらと想像しただけで背筋が凍ります。

自閉症は出生前診断で分からないから、事無きを得ただけと言う事実にも恐怖します。

これらを踏まえた出生前診断に対するパパの持論は、


出生前診断で分かる障害はあるけど、我が子の未来は分からない

このめちゃくちゃ可愛い娘を、ママのお腹の中に居る時点で娘として自覚し未来を想像できるか、パパにはそれが出来ませんでした。

だからこそ、自閉症などの知的障害が出生前診断で判明しない世の中で良かったとホッとしています。

障害が宣告されたら辛い。だからこそ。

とは言え、障害が宣告されて、その子を堕胎するのが罪だなんて口が裂けても言えません。

障害者を育て暮らしていくことは、粘り強い相当な精神力が必要です。

当時者の夫婦は、その苦労を買って出るかと言われれば、果てしない葛藤があると思います。

でも、生まれるか亡くならせるか、その選択の直前まで、その子の未来を全力で想像してほしいなとは思います。

何度も言いますが、パパは、娘に自閉症があると出生前診断で分かる世の中だったら堕胎させていたと思います。

誰に何と言われようが、両親のような晩年を過ごさせるのは、自分も家族に対しても嫌なのです。

真剣に考えて、真剣に未来を想像して、その結果の判断が堕胎にしろ出産にしろ、それは誰も意見すべき事ではないと思っています。

これに対して周りの人間が口を出すべき部分は「真剣に未来を想像したか」だけで良いと思います。


出生前診断で分かる障害はあるけど、我が子の未来は分からない


これがパパの出生前診断に対する持論です。

そう言えば娘は、産婦人科の先生からエコーを通じて「すごく元気ですね~・・・元気すぎるなぁ」と呆れられていました。

その通りでした。